■福岡県指定文化財
旧小倉藩主・小笠原家旧蔵の大名家文書(文化度朝鮮通信使資料や「御当家末書」「豊倉記事」に代表される家譜や幕末維新期資料など)を中心に、旧藩士から寄贈された文書等(各種地方文書や武家礼法書など)および近代の中等教育資料(当時の教科書類・豊前育英会資料など)を含む約7,000点の史料群です。平成17年(2005)に福岡県の有形文化財に、平成29年(2017)には、同資料中の「小倉藩朝鮮通信使対馬易地聘礼記録」がユネスコ『世界の記憶』遺産リストに登録されました。
豊前国絵図(元禄年間):小笠原文庫の旧小倉藩関係史料は、慶応2年(1866)8月1日、長州戦争により小倉城が焼失した際、ギリギリのところで城内から持ち出されたものです。その中には元禄時代に幕府へ提出された「豊前国絵図」など貴重な史料が多数含まれています。
大橋御茶屋絵図:小笠原文庫所蔵「大橋御茶屋絵図」。御茶屋は、小倉藩の藩主や藩役人などが休憩・宿泊などする目的のため、領内各所に配置された施設です。小笠原文庫には仲津郡大橋村(現行橋市)に置かれた御茶屋の絵図が所蔵されています。
秋月の乱関係史料:小笠原文庫所蔵「秋月の乱関係史料」。秋月の乱は、明治9年(1876)10月に、政府の開化政策に不満を持った旧秋月藩士族約250名が蜂起した事件で、明治初期に起きた、いわゆる「不平士族の反乱」の一つです。小笠原文庫には、秋月の乱関係史料も所蔵されています。
思永館印:小笠原文庫所蔵「思永館印」。小笠原文庫には、小倉小笠原藩(後に豊津藩)の藩校思永館・育徳館関係の史料も所蔵されています。
育徳館印:小笠原文庫所蔵「育徳館印」
朝鮮通信使(文化度)易地聘礼記録:江戸時代、鎖国下の日本で唯一展開された公式外交「朝鮮通信使」。500人前後の大外交使節団が朝鮮~日本(江戸)を往復する姿は、当時「将軍一代の盛儀」と呼ばれるほどの一大セレモニーでした。江戸時代を通じて12回行われましたが、12回目の使行は双方の経費節減意図から対馬で行われ、これが唯一・最後の「易地聘礼」使行となり、その任を小倉藩が担い、関連する諸記録が残されました。
朝鮮通信使(文化度)易地聘礼記録 展示状況:
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